2009年06月17日

ダコタ・ファニング、大胆不敵な15歳

15歳でにおい立つお色気!大人の美女になった天才子役!ダコタ・ファニング新作撮影開始!

ダコタ・ファニングが、新作映画の撮影に入ったようだ。

世界的なブームになった映画『トワイライト〜初恋〜』の続編映画『ニュームーン』で、重要な役を演じるという。

ということだが、ここ最近のダコタ・ファニングは、ハードな役にも挑戦して、子役からの脱皮を図っている。(もちろん、年相応な役も演じているが)

それにしても、海外の子役というか、子供は、成長が早いね。

アイ・アム・サム』や『ハイド・アンド・シーク』から比べると、いまのダコタは、全然、別人に見える。

かなりの美形に育ったんだね。



まさに、ニ・オ・イ・た・つ・イ・ロ・ケ・!

おそるべき15歳だ。

↓ 9年前



http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090617-00000002-flix-movi
15歳でにおい立つお色気!大人の美女になった天才子役!ダコタ・ファニング新作撮影開始!



6月17日2時50分配信 シネマトゥデイ
15歳でにおい立つお色気!大人の美女になった天才子役!ダコタ・ファニング新作撮影開始!

 全世界で約380億円の興行収入を上げ、社会現象ともなった映画『トワイライト〜初恋〜』の続編映画『ニュームーン』(原題)に出演しているダコタ・ファニングが、最近どんどん大人の女性らしくなっていると評判だ。

 今月13日、『ニュームーン』(原題)の撮影現場に入ったダコタは、また少し身長が伸びたようで、さらに大人っぽさが増したように見えた。ダコタは『ニュームーン』(原題)でイタリアに住むヴァンパイア、ヴォルトゥーリ一族の重要人物ジェーンを演じる。もともと肌が抜けるように白いダコタには、まさにバンパイアはハマり役だが、さらに天性の演技力も手伝って美しくかつ恐ろしい、今までに見たことのないダコタがスクリーンに現れる。今年15歳になったばかりのダコタだが、表情によっては大人の女性の色香がにおい立つ。

 『アイ・アム・サム』で天才子役の名をほしいままにし、その後も映画『マイ・ボディガード』『宇宙戦争』などで、そのあどけない容姿でかわいい少女の座をキープしていたダコタが日本でも3月に公開された映画『リリィ、はちみつ色の秘密』でかなり大人っぽくなってきていることは誰もが気付いていたが、『ニュームーン』(原題)ではついに女性として成長したダコタが見られる。

 最近のダコタの少女から女性への脱皮ぶりは目を見張るものがあり、プレミアなどイベントに登場するときも、意識してかかなりセクシーなドレスに身を包み、普通の15歳よりも大人っぽく見える。子役で世に名をはせたスターは大人になるときそのかわいらし過ぎるイメージから抜け切られずに失敗することがほとんどだが、ダコタは苦労することなくその難関をサラリとすり抜けそうだ。

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2009年06月15日

三沢光晴、笑顔も良かった

「オレがあんなことを…」彰俊、涙の土下座

三沢光晴というと、エルボーとか、エメラルド・フロージョンとか、二代目タイガーマスクとか、社長とか、そんなことが浮かんでくる。

相手の技が効いて、顔をしかめてたりするところとかも。

ほとんど、戦ってるところばかりなのだが、笑ってる顔もよかったな。

トーク番組に出演した時の、嬉しそうに趣味を語ってるときの、子供のような笑顔がね。


本当に、いい笑顔だった。


あの笑顔が、二度と見れないなんて、本当に、本当に、残念だ。




http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090615-00000031-spn-fight
「オレがあんなことを…」彰俊、涙の土下座

6月15日7時12分配信 スポニチアネックス

 【ノア・三沢光晴さん急死】三沢さんの最後の試合となった13日の広島大会でタッグを組んだ潮崎豪(27)が、第15代GHCヘビー級王者となった。負傷欠場の秋山準に代わり、この日行われたGHCヘビー級王座決定戦に出場。熱戦の末に力皇猛を倒し、三沢さんが過去3度手にした(初代、第6代、第11代)ノアの至宝のベルトを手にした。試合後は「(三沢さんは)体がボロボロでも立ち向かっていった。1人の人間としてやり通すことを学んだ」と話すと涙。リングサイドに置かれた三沢さんの遺影に一礼し、「ベルトを獲ったからには、(ノアを)いろんな意味で良くしていきたい」と遺志を継ぐことを誓った。

 一方、三沢さんの最後の対戦相手となった齋藤彰俊(43)は、百田副社長とタッグを組んで出場した。試合後は三沢さんの遺影に向かって土下座し、「社長、すいません。社長はまだまだやりたいことがあったのに、オレがあんなことをしちゃって」と号泣。昨夜は一睡もできず引退を考えたと言うが、「リングに上がり続けることが恩返し。どんな重い十字架でも背負って精進していきます」と話した。
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2009年06月14日

三沢光晴、リングに死す…

三沢が死んだ…ノア試合中バックドロップで頭から落下、リングで昏倒

プロレスラー三沢光晴(46)、試合中にダウンした後、心肺停止、そのまま帰らぬ人となった。

なんだか、とても悔しいです。

なぜ、こんなことに・・・


テレビでしか観戦したことないですが、彼の試合は、見ていて痛さが伝わってくる、本気度の高いものでした。

彼のエルボーの一発一発が、相手選手の痛みを感じさせるものでした。

ああ、この男は、プロレスが大好きな、プロレスバカなんだなぁと思ったものです。

当然、彼の率いる団体・ノアも、彼のカラーを反映して、本気度の高い試合をする団体で、プロレス好きには、たまらない団体だと言えるでしょう。

そんな三沢の勇姿を、二度と生で見ることができなくなってしまいました。

本当に残念です。

当人にとっても、無念だったでしょうね・・・



一プロレスファンとして、ここに、哀悼の意を表したいと思います。

プロレスラー三沢光晴氏のご冥福をお祈り致します。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090614-00000116-sph-fight
三沢が死んだ…ノア試合中バックドロップで頭から落下、リングで昏倒

6月14日8時0分配信 スポーツ報知
 三沢が、死んだ−。日本のプロレス界を代表するプロレスラー・三沢光晴さんが、帰らぬ人となる痛ましいリング事故が起きた。13日に広島市中区基町の県立総合体育館(広島グリーンアリーナ)で行われたプロレス団体「ノア」広島大会の試合中に頭部を強打し、心肺停止に陥った。市内病院の集中治療室に搬送されたが、処置のかいなく搬送先の広島大学病院で亡くなった。46歳の若さだった。

 試合は午後8時10分頃始まり、事故が起きたのは試合開始25分過ぎだった。三沢さんは、メーンイベントの60分1本勝負のGHCタッグ選手権試合に若手の潮崎豪(27)と組んでタイトルに挑戦。王者組の斎藤彰俊(43)のバックドロップを受け、後頭部をマットに強打し、意識不明となった。

 浅子覚トレーナー(38)がリングに上がり、声を掛けたが、三沢さんは息をしていない状態で心臓が止まっていた。観客席に居合わせた医師がリングに駆け上がり、心臓マッサージ、自動体外式除細動器(AED)による蘇生が試みられたが三沢さんは全く動かなかった。この間リングサイドのファンから「ミサワ、ミサワ」とコールが上がり、搬送後も約2300人の観客で埋まった会場は騒然とした状態が続いていたという。

 複数の関係者によれば一時は心臓が動いたというが、搬送先の広島大学病院の集中治療室での懸命の救命措置のかいもなく、一度も意識が戻らぬまま午後10時10分に帰らぬ人となった。救急車に付き添った百田光雄副社長(60)が最期をみとったという。選手らは試合後、病院に駆け付け一時は解散。宿泊先の市内ホテルで待機していたが、14日午前0時前に再び病院に全員呼ばれて訃報(ふほう)を伝えられたという。まだ46歳。18日には47歳の誕生日を控えていた。

 広島県警は試合関係者らから事情を聞き、当時の状況を調べている。

 レスラー歴28年の三沢さんはレスリングの名門、足利工大付高出身で3年時に世界ジュニア選手権に出場、国体で優勝した。81年3月に故・ジャイアント馬場さんの全日本プロレスに入門し同年8月21日にデビュー。蝶野正洋、武藤敬司、05年7月11日に急死した橋本真也さんらと肩を並べるトップレスラーで、00年7月7日にプロレス団体のノアを旗揚げし、社長業との二足のワラジをはく激務をこなしてきた。2代目タイガーマスクとしても知られ、華麗な空中殺法や投げ技の「エメラルドフロウジョン」は代名詞。「プロレスの教科書」とも評されるほどレスリングの基本に忠実で「受け身の天才」とも言われてきた。

 岩石落としとも言われるプロレス技「バックドロップ」は後方から相手を抱え上げ真っ逆さまに後頭部を叩きつける技。死因は不明だが、基本とも言われるプロレス技で受け身に失敗したとも思えない。観客の一人は「お客さんもザワザワするぐらい変だった。(最初から)三沢らしからぬ精彩を欠いた動きだった」と試合時の三沢さんの様子を話していた。

 ◆三沢 光晴(みさわ・みつはる)1962年6月18日、北海道・夕張市生まれ。46歳。81年8月に全日本プロレスでデビュー。以後、2代目タイガーマスクへの変身を経て全日本のエースに君臨。2000年8月に全日本を退団しノアを旗揚げし社長に就任。06年9月にはグローバル・レスリング連盟初代会長に就任した。得意技はエルボー。185センチ、118キロ。血液型O。

 ◆プロレスリング・ノア 2000年6月に全日本プロレスを離脱した三沢光晴を中心に結成されたプロレス団体。三沢を含む約50人の全日本離脱者が集まり、日本プロレス史上最大規模の団体となる。同年8月のディファ有明での旗揚げ戦以降、有明コロシアム、東京ドーム、日本武道館などで興行を開催。近年では全日本や新日本プロレスなど他団体との交流も見られる。地方興行の観客動員の減少や、今年に入って地上波テレビ中継が打ち切られるなど、近年は人気の低迷が目立っている。団体名の由来は旧約聖書に登場する「ノアの箱舟」から。

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